(すれ違う想い)

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャンミンさん! チャンミンさん! どうしたんですか?」

 

 

「お願いです。もう少しこのままで…」

 

 

 

 驚いて離そうとするしのぶを、チャンミンはなおも強く抱きしめた。

 

 

「どうしたんですか?  チャンミンさん」

 

 

 

「いいから、黙って!!!」

 

 

 

 

 仕方なく、しのぶは黙ってチャンミンに言われるままにじっとしていた。

 

 どうしたのかしら、何かよっぽど辛い事があったのね…。

 

 そう思うと、しのぶはせつなくなって、チャンミンの背中を優しく撫でた。

 

 ハハ…まるでオモニのハグだな…

 

 

 

チャンミンは余計に悲しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。しのぶさん。もう大丈夫」 チャンミンは、そう言うとようやくしのぶを離した。

 

 

 

「そうだ、明日 ヒョンが来ますよ」

 

 

 

 

 突然チャンミンは話を変えて、陽気に言った。

 

 

 

「え?ユンホさんが?まぁ嬉しいわ。久しぶりにユンホさんにお会いできるんですね」

 

「しのぶさん…嬉しい?」

 

 

 

 

 しのぶの表情を窺うように、チャンミンは聞いた。

 

 

「はい、とっても。またお二人の仲のよい姿が見れると思うと、ワクワクします。

 

やっぱり、チャンミンさんお一人だと、なんだか寂しそうで…、チャンミンさんも二人の方がいいしょ?」

 

でしょ?

 

(フーン…本気かな?しのぶさん別にヒョンの事が好きなわけじゃないのかな?)

 

「別にぼくはヒョンがいなくても、全く問題ありませんよ。

 

 

ただ、ゲームの相手と喧嘩相手がいなくて、退屈なだけです」

 

フフフフ…いつものチャンミンさんだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ僕は行ってきます。 お弁当ありがとうございます。

 

 

楽しみにして、撮影頑張ります!」

 

 

 

 

「はい、お気をつけていってらっしゃいませ。

 

 

 

監督に怒鳴られても、 へのへのもへじが言ってると思って、気にしないでくださいね。

 

チャンミンさんはスーパースターなんですからね」

 

 

「ハッハッハ  しのぶさんありがとう! 元気でましたよ。

 

 

へのへのもへじですね。 監督の顔見たら思い出して、笑っちゃいそうだ。」

 

「そうですよ!!チャンミンさん 笑ってください!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、韓国のユンホは

 

 

 

 

フゥー これで取材とTV出演は終わった。 と、次はツアーのダンスの練習か…

 

少しは時間あるな… ユンホは時計を見ながら言った。

 

 

 

 

 

「スタッフさん!すぐ戻りますので、ちょっと出かけてきます」

 

「ユンホさん、どちらまで?」

 

 

 

 

「すぐ戻ります…携帯は持ってるから、連絡はとれます」

 

 

「はい…わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、ユンホさんどこ行ったんでしょうねー?」

 

 

 

「なんだ、おまえ知らないの??

 

 

 

 

今日はテオさんの命日なんだよ。  だからだよ」

 

 

「あ―あのユンホさんの彼女だったっていう、テオさんですね?」

 

「そうだよ。ユンホさん…まだひきづってるんだなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地よい風をあびながら運転するユンホの車には、二人で一緒によく聴いた曲が流れてい

 

た。見慣れた風景は昔からずっとそのままだ。

 

 

 

テオ…君はもういないのに…他は何も変わらないよ……

 

あの時からぼくの時間は止まったままだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車が止まったのは穏やかに波が揺れ、サーファー達にはどこか物足りない静かな海だった

 

「テオ…ごめんよ…守ってやれなくて…

 

 

 

君の好きだったバラが今年もまた咲いたよ」

 

 

 

ユンホはバラの花束をそっと海に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユンホさん!?ユンホさんじゃないの??」

 

 

 

聞き覚えのある声が背中から聞こえた

 

 

 

「お久しぶりです、お母さん。  寝込んでいらしたと、ソンギュン君から聞きましたが」

 

 今はいない、ユンホの彼女テオの母親だった。

 

 

 

「ユンホさん、まだここに来てくれてたのね?」

 

 

 

「はい。忘れる事なんて出来ませんから……」

 

 

 

 やむ事のない波の音が、昔の辛い思い出を連れてきた。

 

 

しばらくの間、テオの母親とユンホは波の音を聞きながら、遠くの海をじっと何も言わずに眺めていた。

 

 テオの母親はふっ切れたように優しい表情で

 

 

 

「ありがとう。ユンホさん。でも…もういいのよ。ユンホさん…

 

あなたはあなたの道を進まなきゃ…

 

 

 

 確かに最初はあなたを恨んだわ。

 

 

 

 

あなたにさえ会わなければ、あの子が死ぬ事もなかったのよ……

 

 でもね、ようやく……何年も経って、ようやくわかったのよ

 

 

一番辛かったのはあなただって。

 

 

 

 

 だからね、もうテオの事は忘れて、幸せになって頂戴。

 

 

きっと、テオもそれを望んでいるわ」  そう言って、ユンホを軽く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さん…………

 

 

 

 

 

ユンホは言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンミンは撮影所からの帰りの車の中で

 

 

 

あーやっと 鬼監督から解放された。

 

 

 

まったく、怒鳴ってばっかりで!

 

 

 

 

人は誉めた方が成長する! ってTVでやってたぞ!

 

 

 それにしても、お弁当美味かったなぁー

 

 

 

他の人もみんな絶賛してくれたし。

 

 

 

あんなに沢山朝早くから大変だったろうなぁ〜    としのぶの事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

……そういえば、朝、なんか大変な事あったな……

 

監督に怒鳴られてばかりで、すっかり忘れてたけど

 

 

そうだ! 俺なぜか、しのぶさん抱きしめちゃったんだ…

 

 

なぜだ? なぜそうなった?

 

 

 

 

最強チャンミン……ここは冷静に分析するんだ!

 

 

えーっと、まず、昨日しのぶさんが写真集見てて…

 

 

ずっと同じページ見て、嬉しそうにしてて…

 

 

 

てっきり、二人の写真か俺のだと思ってたら、実はヒョンだった。と。

 

いいじゃないか…別に。だいたい、おばさんにはヒョンの方が人気あるんだよ。

 

そんなの昔からじゃないか。今に始まった事ではない!

 

 

それにそこから、どうして抱きしめる事になったんだ?

 

 

俺はスーパースターなんだ!! 世界中にキャーキャー言う女の子が山程いるんだ。

 

たしか…韓国にも彼女がいたはずだ! 随分会ってないけど。

 

 寝れなくて…

 

 

 

 

 

しのぶさんの嬉しそうに写真見てる顔と

 

 

 

ヒョンのあの写真がずっと頭から離れなくて…

 

 

一睡もできなくて…

 

 

 

 

 

 寝ぼけてたんだな。きっとそうだ。

 

 

 

 

そうに違いない! そんな事あるわけない!! あってはいけない!!!

 

………………内田さん…………今日泊まって行きませんか?

 

「チャンミンさんすみませんが今日は寄らずに即行帰りますよ!

 

(ねぇーたっちゃんー 最近お弁当作ってくれ!!って言わなくなったわね・・・

 

夜も何だか少食だし・・・その割りに太ってきた様な気がするわ。

 

まさかどこかで彼女作って、その人にご飯食べさせてもらってるんじゃないでしょうね??)

 

なんて言い出して、やばいんですから。

 

 

 

どうしたんですか?どうして泊まらなきゃいけないんですか??」

 

「いや、いい!! いい!! 大丈夫です!! 気にしないでください。

 

寝ぼけさえしなければ、大丈夫なんです!!   そのはずです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま―」

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ。お疲れ様でした。チャンミンさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっぱりした!」 シャワーを浴び、濡れた髪を乾かしながら、チャンミンは言った。

 

 

 

 

「しのぶさんビール!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ―仕事の後のビールは最高ですね!!

 

 

 

 しのぶさんもどうですか?たまには一緒に飲みましょうよ!!」

 

モヤモヤした気分をふき払う様に、チャンミンは明るく言った。

 

 チャンミンさん、気分いいのかしら?

 

 

 

 今日は酔う前から饒舌ね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私飲めないんです。 一口飲んだだけで、笑うは泣くはで大変なんですよ」

 

「しのぶさん。それ飲まなくても一緒だと思いますよ」

 

 

「あら、キャハハハ  そうですね。一緒ですね。

 

 

どうでしたか?チャンミンさん、今日の撮影は?へのへのもへじが何か言ってましたか?」

 

「ハッハッハ  へのへのもへじが怒鳴ってましたけど、宇宙語にしか聞こえませんでしたね。

 

お弁当も美味しくて、あっという間になくなりましたよ。

 

 

また、大変じゃなきゃお願いします」

 

 

 

「本当ですか? 喜んでいただけて良かったです。

 

 

出過ぎたまねをしたんじゃないかと、反省していたんです。

 

チャンミンさんには言われた事だけをするように言われていたのに…」

 

「そんな事言いましたっけ?」

 

 

 

 

「はい、とても怖い顔で」

 

 

 

 

「しのぶさん、忘れてください」

 

 

 

 

 

「フフフ・・・チャンミンさん、かしこまりました。チャンミンさん、早く髪乾かさなきゃ…

 

 

 

また、子供だから乾かしてくださいよぅ〜〜。なんて、言いませんよね?」

 

 

 

「え?そんな事も言ってたんですか??

 

 

 

もう一回言ってみようかな、ハッハッハ」

 

 

 

「もう酔ったんですか?あの時のチャンミンさんは、ほんとに子供みたいで可愛かったですよ〜

 

 

 

 

 

覚えてますか???」

 

 

 

 

 

「覚えてませんけど、覚えてたら良かったな…」

 

 

「変なチャンミンさん」

 

 

 

 

 

「ねぇしのぶさん…この部屋写真はたくさん増えてますけど、ぼくら一応歌手なんですよ。

ぼくらの歌知ってますか?」

 

「ごめんなさい、チャンミンさん わたしテレビも観ないし…ほんとに何も知らなくて」

 

「聴いてくださいよ」

 

 

 

 

 

「ええ、でもここにはカセットもないし…」

 

 

 

「カセット〜〜〜??? 何時代ですか??  ちょっと待ってて」

 

 チャンミンは自分の部屋の幾つかの携帯プレーヤーの中から、少し迷って1つを選んだ。

 

「はい、これにぼくらの歌入ってるから、聴いてみてくださいよ」

 

「これどうすればいいんですか?」

 

 

 

 

 チャンミンは向かい側の席から、しのぶの隣の席に移り操作方法を教えた。

 

「はい、これでイヤホン耳に入れて聴いてください」

 

 

キャー  大音量にびっくりして、しのぶはイヤホンを外した。

 

「ごめんなさい、大きかったですか?」

 

 

 

チャンミンはイヤホンの1つを自分の耳に、1つをしのぶに渡して、音量を調整した。

 

「どうです?このくらいですか?」

 

 

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

「年寄りは大きな音だとキンキンして、脳みそおかしくなっちゃうんですよ」

 

……しのぶさんは年寄りなんかじゃないよ……

 

 

悲しい顔で小さくつぶやくチャンミンの声は、もうしのぶには聞こえていなかった。

 

どうして、この一つのイヤホン渡さないんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、この場所から動けないんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、短いイヤホンを選んだんだろう?

 

 

 

 チャンミンは、自分でも理解出来ない心の奥のモヤモヤに、イライラした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「素敵です。わぁ〜綺麗なハーモニー。これはチャンミンさんですね?ここからはユンホさん…

 

 

 

 

 

もっと早くに聴けば良かったです」

 

 

 

 

 楽しそうに体を揺らし、曲を聴いている、しのぶの横顔を見つめながら

 

まだ、酔ってなんかいないぞ。

 

 

 

 

寝ぼけてもいない。

 

 

 

 

 

なのに、なんでだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャンミンはそっと、しのぶの手に触れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しのぶは、そんな事には全く気づかずに歌に夢中になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…何してんだろ、俺。

 

 

 

 

 自分の感情を否定するかのように、急に立ち上がり、チャンミンは

 

 

 

「しのぶさん!明日ヒョンが日本に来ますからね。

 

 

お待ちかねでしょ!?」 と、怒った様に言った。

 

 

「はい、それ朝聞きました。何怒ってるんですか?チャンミンさん」

 

 

 

 

「怒ってなんかいませんよ!!!!!

 

 

 

 

 口ではそう言いながらも、表情は明らかに怒っていた。

 

 

「だいたいねー、ヒョンにはずっと好きで、今でも忘れられない人がいるんですよ!!!」

 

「どうしたんですか?突然…ユンホさんの好きな彼女って、テオさんですよね?」

 

 

 

 

「え?どうして、知ってるんですか?」

 

 

 

「風邪で熱出された時に、うわ言で何度も呼んでらしたから…」

 

 ヒョン…やっぱりまだそんなに忘れられないんだ…

 

 

「どうして、忘れなきゃいけないんですか?彼女じゃないんですか?」

 

「いや、それはちょっとぼくの口からは…でも、ヒョンにも聞かないで欲しいです」

 

 

 

「はい、わかりました。何も聞きません」

 

 

 

 しのぶにはその理由が分からなかったが、チャンミンが強く言うので、

 

 とりあえずは聞かないでおこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユンホの事としのぶの事、両方で頭の中が混乱したチャンミンは

 

「もう、寝るよ…明日はヒョンが来てから仕事ですから…」と言った。

 

「はい、おやすみなさいませ。チャンミンさん、今日はちゃんと寝てくださいね。

 

なんなら、オモニが添い寝しましょうかぁ〜??」

 

 

「しのぶさんはオモニじゃないでしょ!!!!!!!」    バ―――――ン

 

 

 怒っているような、泣いているような複雑な表情で、チャンミンはドアを激しく閉めた。

 

 ハッと驚き、しのぶはチャンミンの部屋の前に飛んでいった。

 

「チャンミンさん、すみません。チャンミンさん、家政婦の分際でなんて事を言ってしまったんでしょう…

 

 

 

許してください。チャンミンさん、チャンミンさんが優しくしてくださって、私調子にのってしまいました。

 

チャンミンさん、すみません。チャンミンさん」

 

 

 

何度も何度もドアを叩いて、しのぶは泣きながら謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中のチャンミンはドアを背にして、座り込んだ

 

 

違うんだ、そんな事で怒ってるんじゃないんだ!

 

 

お願いだから泣かないで!

 

 

 

 

今このドアは開けられないんだ。

 

 

 

 

だめなんだよ、しのぶさん。

 

 

 

 

酔ってなんかいないのに…

 

 

 

 

寝ぼけてなんかいないのに……

 

 

 

……胸が痛いんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しのぶがドアを叩いているのに、まるで直に背中を叩かれているような

 

 そんな錯覚が、チャンミンの背中から胸に痛みを走らせた。

 

 頭にはしのぶの泣き叫ぶ声が響いている。

 

 

 

チャンミンは両手で耳を塞いだ。

 

 

 

 

「うるさい!!!!    もうわかったから、自分の部屋に戻って下さい!」

 

そう叫ぶしか、チャンミンに逃げ道はなかった。

 

 

はい、チャンミンさん…申し訳ありませんでした…

 

 

泣きながらしのぶはドアの前で深くお辞儀した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒョン!!    俺どうかしちゃったよ・・・・・助けてくれよ・・・・ヒョン