(告白)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンミンはドアを背に、床に座ったまま眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しのぶはなるべく音を立てない様に朝食の準備をしていた。

 

 絶対に首だわ…あんなにチャンミンさんを怒らせてしまったんですもの。

 

お二人に出会えて、凄く幸せだった。

 

 

 

たくや…やっぱりママは幸せになっちゃいけないみたい…

 

あなたを置いて家を出た罰よね。

 

 

 

 

死ぬまでこの罰は消えないんだわ。

 

 

 

短い間でもお二人と幸せな時間が過ごせた事に感謝しなきゃ…またしのぶの目に涙が溢れた。

 

あ、ダメ。また泣いちゃう。  チャンミンさんに怒られる…

 

しのぶは大きなタオルで鼻と口を塞ぎながら料理を作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜〜〜〜しのぶさ―ん!!

 

 

 

ユンホですよ、帰って来ましたよ―」

 

 

 

あ、ユンホさんだわ! あの写真集そのままの爽やかな優しい笑顔。

 

ウウ…ユンホさん。

 

 

 

 

 

「しのぶさ―ん」ユンホは嬉しそうに笑って、挨拶のハグがしたかったのだろう…

 

大きく両手を広げた。

 

 

 

 

 

 しかし、しのぶは硬い表情でお辞儀をした。

 

 

 

「ユンホさん、おかえりなさいませ。お仕事大変ですね。

 

 

お食事の用意が出来ておりますが、すぐに召し上がりますか?」

 

 台詞の様に一本調子でしのぶは言った。

 

 

 

「え―何?何?しのぶさん冷たいなぁ―」

 

 

 

 陽気なユンホは、気にせずにしのぶに近づいて、ギュッとハグした。

 

「会いたかったですよぅ―しのぶさん。 元気にしてましたか?」

 

両肩をつかみ しのぶの顔を覗き込んだユンホはびっくりして声をあげた。

 

「しのぶさん!どうしたんですか?いったいたまねぎ何個剥いたら、そんな顔になるんですか?」

 

 ユンホの明るい大きな声が聞こえたのか、チャンミンは部屋から出てきて

 

「ヒョン!やっと来たの?」と言い、ユンホと軽くハグをした。

 

 

 

 

「やっとって、チャンミン。これでも早く来たほうだよ。全然遅れてないし!

 

 

おいおいおい、チャンミンまでたまねぎ剥いたの―??

 

 

チャンミン、その顔…今日は打ち合わせと練習だからいいけど、撮影なら罰金ものの顔だよ。

 

いったい二人でどうしたの?殴り合いでもしたの?アッハッハッハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもなら、少しうっとおしく感じる事もあるユンホの明るさが、今は救いだ。

 

一気に家の中のどんよりとした空気が、晴れ渡る夏の空のように明るくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーやっぱり、しのぶさんの料理は美味しいなぁ〜

 

 

チャンミンいいよなぁーずっとこんなの食べてたんだろ?

 

 

僕、予定変えて日本に来ようかと思いましたよぅ―」

 

 

「ありがとうございます。ユンホさん」

 

 

 

 しのぶは腫れた目でチャンミンをチラチラ見たが

 

 

チャンミンは一度もしのぶの方を見ずに、おかずとユンホだけを目で追っていた。

 

 さすがのユンホもこの異常な雰囲気に、普通ではない何かを感じ取り…

 

「ねぇ―いったいどうしたの?二人共変だよ??

 

 

チャンミン、おまえ韓国にいる時は、僕が先に行って、しのぶさんの美味しい料理独り占めに

 

 

にしてきますよ。ハッハッハ!!なんて言って、楽しそうにしてたじゃないか。

 

独り占めに出来なかったのかい?内田さんに邪魔されたとか?

 

 

 

そんな事で拗ねてちゃ、ダメじゃないか!」

 

 

 

 

 

「…違いますよ、ヒョン…」

 

 

 

 

 

「うん?  違うのかい?」理由を知らないユンホは場違いに笑っていた。

 

 

 

 

 

「すみません!!ユンホさん 私が悪いんです!ほんとに申し訳ありませんでした。

 

チャンミンさんがお怒りになられるのは当然なんです。首になっても仕方のない事なんです。 

 

 

ほんとに申し訳ありません」

 

 

 

 

 しのぶは何度も何度も頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろよ!!違うって言ってるだろ!!!

 

 

 

バーンと机をたたいて、チャンミンは部屋に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャンミン!!! 何だよ。おまえはほんとに短気だなー」

 

 ユンホはまぶたが倍以上に膨れ上がり、目が目でない状態になってもまだ、泣いているしのぶに

 

理由を聞いた。

 

 

 

「…そんな事?…ほんとにそれだけですか?しのぶさん…」

 

 

 

 

「はい、…それだけです」 しのぶは涙が止まらなかった。

 

 

 

「私がオモニだなんて…立場をわきまえない事を言ったばっかりに、チャンミンさんは怒ってしまわ

 

れたんです。

 

 

 

きっと、ほんとのお母様を馬鹿にされたような気がしたんですわ。

 

こんな私なんかと一緒にしてしまったから」  しのぶはますます酷く泣き続けた。

 

「しのぶさん、もう泣かないで。ユンホは優しくしのぶの背中を撫でた。

 

大丈夫!首になんかしませんよ。

 

 

 

 

それにもっと他に理由があると思うんですよ。

 

 

 

いくらチャンミンが短気だっていっても…

 

 

 

いつものチャンミンなら、そんなの軽いジョークで笑いとばしている所ですよね?」

 

「はい、やっぱりそこは言っていい事と悪い事があって」ユンホが励ましてもなお泣き続ける…

「ワワワ…しのぶさん。これ以上泣いたら目が無くなっちゃいますよ。

 

心配しないで。ちゃんと僕がチャンミンに聞いておくから。

 

だから、ご飯作って待っててくださいよ。いいですか?わかりましたね?」

 

 

 

 しのぶは黙ってうなづいた。

 

 

 

 

ありがとう…ユンホさん…やっぱり優しい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事仕様に用意を済ませ、二人は揃って玄関にいた。

 

 

「じゃぁ行ってきます!しのぶさん!さっき言った事忘れないで下さいよ」

 

「はい、ユンホさん、いってらっしゃいませ。

 

 

 

あ…チャンミンさん…あ、あの…」

 

 

 

 チャンミンは背中を向けたまま、黙って手をあげた。

 

 

 それ以上は何も言えずに、しのぶは

 

 

 

「いってらっしゃいませ」と小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動の車の中

 

 

 

 

 

「さぁーチャンミン!説明して貰おうか!

 

 

 

なんで、あんなにしのぶさんを泣かしてるんだよ!

 

 

可哀想にしのぶさん、目無くなってたぞ!」

 

 

 

「しのぶさんは何て言ってた?」

 

 

 

 

「オモニが添い寝しましょうか? って、自分が馬鹿な事を言ってしまったって。

 

おまえが自分のお母さんを馬鹿にされたような気持ちになったんじゃないか!?って」

 

「…ヒョンの顔見てただろ??」

 

 

 

 

「はぁ??」

 

 

 

 

 

 

「だから!しのぶさんヒョンの顔じっと見てたんだろ? 話してた時」

 

「へ?いや、泣いてたから、下向いてたけど?」

 

 

「こんな風にヒョンの手握って うっとりした顔してなかった??」

 

「はぁ―???? チャンミン いったい何の話してんの?

 

しのぶさん泣いてるのに、なんで僕の手握らなきゃなんないの?

 

ちゃんと分かるように説明しろよ!!」

 

 

 

「それが出来ないから苦しいんだろ! だいたいヒョンがこんな爽やかな顔して、あんな、こっちおい

 

でよーみたいな、おばさんメロメロにするようなポーズで、写真に載るからいけないんだよ!」

 

 そう言いながらチャンミンは、ユンホの頬を両手でギューっとつねった。

 

「痛い!痛い!痛い!何すんだよ!!

 

 

 

どういう意味だよ! チャンミン、なんで俺のせいなんだよ!」

 

「うるさい! もうしらん!!! 寝不足なんだ!! 寝るから!! 着いたら起こして!」

 

 そう言ってタオルを顔にかけて、寝てしまった。

 

 

「え――!!!???

 

何それ??

 

 

 

 

 

結局理由わかんないよ!!!

 

 

 

 

俺のせい??

 

 

 

 

 

何で―???」

 

 

 

 

 ユンホは訳がわからなかったが、強情なチャンミンが寝てしまったので

 

それ以上はどうしようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しのぶの涙はようやく止まったが、まだ鼻水をズルズル言わしていた。

 

どうしよう…今日は何作ろう…

 

 

 

 

 ユンホさんは気にしないで! と言ってくださったけど、チャンミンさん出かける時も食事の時も

 

目合わせないし、初めて会った時よりもっと怖い顔で…

 

やっぱり私、ここにはもう居られないわ…

 

 

 

出て行こう…思い詰めたしのぶは決心して、荷物を詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、仕事の終わった二人は帰りの車の中だった。

 

 

「あ―疲れた。随分遅くなったね。しのぶさん美味しいの作って待っててくれてるかなぁー

 

楽しみ〜〜〜楽しみ〜〜。

 

 

 

 

チャンミン! 理由はさっぱりわからないけど、しのぶさんの事もう怒ってないだろ?

 

ちゃんと機嫌良くしてあげなきゃ、可哀想だよ」

 

 

「…別にしのぶさんに怒ってるわけじゃないよ」

 

 

「怒ってたじゃん!!! すんごく!」

 

 

 

 

「あれは自分に対して怒ってたんだよ」

 

 

 

「自分?だって、しのぶさんが何度も謝ったけど、チャンミン部屋から出て来てくれなかったって」

 

「それは!!!!   あの時、俺ドア開けてたら、しのぶさんを抱きしめてしまいそうで…

 

…抱きしめたくて…怖かったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!!??

 

 

 

 

 

 

 ユンホは驚いて、チャンミンの顔を見た。

 

 

 

今にも泣き出しそうなチャンミンの顔は、とても冗談を言っている様な顔ではなかった。

 

「……チャンミン…しのぶさんの事好きになったの???」

 

「わからない…わからないんだよ…

 

 

 

でも、思い出せば、韓国にいる時から早く日本に来たくて、思わずしのぶさんに電話して…

 

日本に来てしのぶさんに会って、いつものように明るくて、楽しくて、優しくて…

 

そしたら、二人きりの夜にドキドキして寝れなくて…

 

 

……しのぶさんが僕らの写真集見てたんだ。

 

 

 

それがヒョンのページで…しのぶさんずっとずっとそれ見てて…嬉しそうに笑ってて

 

胸が痛かったんだ。なんで俺のじゃないんだ!?って、凄く腹がたって。

 

しのぶさんは俺の事まるで子ども扱いなんだよ。

 

 

昨日も、ふとしたはずみで抱きしめちゃって。そしたら、よしよし大丈夫よ。

 

みたいにまるでオモニがする様に…それで余計に悲しくなってたのに

 

しのぶさんが追い討ちかける様に、オモニが添い寝しましょうか?って言ったんだよ。

 

俺が寝れないからって。

 

 

 

 

こっちは触れたくて、抱きたくて、モヤモヤしてるのに、むこうはまるで子供扱いで…

 

 

だから、腹たって、うるさい!!!って言っちゃったんだよ!!

 

これで、わかっただろ!? 

 

 

 

 

ヒョン…………笑えばいいよ。

 

 

 

 

まわりに可愛い子山程いて、韓国には彼女もいて、よりどりみどりなのに、よりによって、おばさん

 

好きになってさ…おかしいだろ」

 

 

チャンミンは一気に話し、ユンホをじっと見ながら、悲しく笑った。

 

「…………チャンミン…………笑わないよ。笑うわけないだろ…

 

でも、困ったね…そんな事バレたら、しのぶさんすぐに辞めさせられちゃうよ」

 

 チャンミンはユンホの言葉にハッとした。

 

 

 

 そこまで頭が働かなかった…ホントだ、バレたら即効辞めさせられる…

 

「内田さん!!!!」  二人は同時に叫んだ!

 

 

 

ドーナツを頬張りながら運転する内田は へぇ?っと、バックミラー越しに二人を見た。

 

「今の話聞こえた??」

 

 

 

 

 

「チャンミンさんが女の子よりどりみどりなのに、よりによって、日本のおばさんのしのぶさんを

 

抱きたくなった。 って、話ですか??」

 

 

 

……最悪だ……

 

 

 

 

 

「今更ですけど、内田さんってb-バックの社員ですよね?

 

今の話  言います?  

 

 

 

 

しのぶさんの美味しい料理食べられなくなっちゃいますけど…

 

今日もきっと美味しい料理が待ってるんだろうなぁ〜

 

 

たぶん、しのぶさんは優しいから内田さんの分もいっぱい作ってくれてますよね。

 

……内田さん……何話してたか、わかった?」ユンホは頼みますよという様に言った。

 

 

「いえ、韓国語が早すぎてわかりませんでした!」

 

 

「そうですよね!内田さんならそう言ってくれると思いましたよ」ニッコリ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜〜〜

 

 

 

 

 

しのぶさ〜〜〜ん 帰りましたよ〜〜ユンホとチャンミンですよ〜〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユンホは大きな声で言ったが返事がなかった。

 

 

テーブルの上には美味しそうな料理が沢山用意されていたが、しのぶの姿はどこにもなかった。

 

「しのぶさん…ちゃんと待っててって言ったのに」ユンホはつぶやいた。

 

 

「ヒョン大変だよ!しのぶさん、お世話になりました。 って手紙に書いてる。どこ行ったんだろう?」

 

 

 

 

 

「しのぶさん 家ないんだよ。 そんな急に行くとこないはずなのに・・・」ユンホも心配そうに言った。

 

「ヒョン!電話してみて」

 

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

呼び出し音がむなしく響くだけで、しのぶは出なかった。

 

 

「ねぇ―これまだ あったかいよ」

 

 

 

 

 料理を見てチャンミンは言った。

 

 

 

 

「まだ近くにいるんじゃない?近くなら僕らでも探せるかな」

 

 

 

 

「内田さんは走れないからここで待っててよ、二人で探すから。

 

もし、しのぶさんが帰って来たら連絡してよ」 ユンホは叫びながら外に飛び出た。

 

 

 

「はい、わかりました」 さすがに内田もこの時だけはつまみ食いはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 出てきちゃったけど…どこに行けばいいんだろ…

 

 

 家政婦事務所もこんな時間に誰もいないだろうし…

 

 

「あ、電話」   ユンホさんだ…ユンホさんごめんなさい。ちゃんと待ってなくて、おかえりなさい!って

 

言えなくて。

 

 

 

 公園で休もう。あまり歩いてないのに、疲れちゃったわ。

 

 

ベンチに座って、荷物の中から写真集を出した。

 

 

「写真集持ってきちゃった」 しのぶはつぶやいた。

 

 

 

 

 あの時チャンミンさんに、どれが気に入った?て聞かれて、とっさにこのお二人の写真です。って

 

 

答えたけど、ほんとはユンホさんのこの写真とチャンミンさんのこの写真…これです!なんて言った

 

ら白い目で見られそうで、恥ずかしくて言えなかったわ。

 

 

 写真集には栞紐の他に、もう一つしのぶが作った手作りの栞が挟んであった。かなり深くに。

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、また電話   今度はチャンミンさんだ・・どうしよう・・

 

 

 しのぶは早く出なきゃ怒られる!と思い条件反射のように電話に出た。

 

「もしもし、しのぶです」

 

 

 

 

 

「どこにいるんですか!?  今どこです?」

 

 

 

「すぐ側の公園です」   父親に怒られた娘のように小さくなって、しのぶは答えた。

 

「動かないで待っててください!!」  ツーツー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンミンさん、迎えにきてくれるんですか?

 

 

 

あんなに怒ってたのに? 私の顔見るのも嫌だったのに?

 

 何だか目が回るわ…

 

 

 

 

チャンミンさんに謝らなきゃいけないのに…

 

 

あ―ダメだ…

 

 

 

 

 

しのぶはベンチに横になって、気を失った。

 

 

 

写真集を抱いたまま…