(秘密)

 

 

 

 

 

 ざわざわとした話し声と、独特な消毒臭でしのぶは目を覚ました。

 

「あ、しのぶさん気がつきましたか?」

 

 目の前にいたのは、くるくると動く瞳が愛くるしい、とても小柄な娘さんだった。

 

「はじめまして。内田の妻です」

 

 立ち上がって、ニコッと笑い、内田の妻しずかはペコリとお辞儀をした。

 

 まぁまぁ…しのぶは起き上がろうとしたが、しずかにとめられ、寝たままで

 

「いつも内田さんにはお世話になっていて…こんなに可愛らしい奥様だったんですね。

 

だから、いつも飛んで帰ってらしたんだ」

 

 しのぶはすごく嬉しい気持ちになった。

 

「それより、私どうして、こんな所で寝てるんですか?

 

「私は主人から病院に来るように言われて、飛んできたんですけど、しのぶさん公園で倒れてらしたようで

 

すよ。それで、救急車でこの病院に運ばれて…」

 

「お二人は??」

 

「今朝ギリギリまでここにいらしたんですけど…お仕事に行かれました。主人も一緒に。

 

それで、私がここにいる様に言われたんです」

 

「すみませんでした。皆さんにご迷惑おかけしてしまって…、最近寝不足だったし、もともと貧血で…

 

えっと、奥様はお仕事ではなかったのですか?申し訳ありませんでした。

 

もう一人で大丈夫ですから、お帰りになってください」

 

「しずかです。私、しずかって言います。

 

たっちゃんと結婚して、しばらくしてから仕事辞めたんです。

 

看護師だったんですけど、不規則で…

 

たっちゃんも不規則だから、すれ違ってばかりで…だから辞めちゃったんです」

 

「??たっちゃん??」

 

「内田たくや。  主人です」

 

内田さん…たくやっていうのね…そうなんだ

 

「あの…しのぶさん!私、いじいじとはっきりしないの大嫌いなんで、お聞きしますけど、うちのたっちゃん

 

とはどんな関係ですか?」

 

「え? どんな? 内田さんがお二人のマネージャーさんで、私はお二人の家政婦で…」

 

「それは知ってます! 違います! しのぶさんずっとうなされてて、チャンミンさん、ごめんなさい。って

 

言うのと、たくやごめんね。って、言うのを繰り返してたんです」

 

「プッ!!」  しのぶは思わず吹き出した

 

「何がおかしいんですか!?」

 

「ごめんなさい。しずかさん。私内田さんの名前がたくやさんだって事、今知りましたよ。

 

私が呼んでいたのは…息子です。

 

息子もたくやっていうんです。事情があって、小さい時に別れたもので」

 

「な―んだ  あ―良かった!!」

 

 しずかは心底安心したように、座っていた椅子の背にもたれかかった。

 

「私、絶対にたっちゃんとしのぶさんは浮気してるんだ!って、思って、もう少しで首絞めるところでした」

 

「まぁ!それでなんだか息苦しかったんですね―」

 

フフフ…   ハハハ…

 

 二人はお互いに、意気投合した感じがした。

 

「内田さんが、こんなおばさん相手にする訳ないじゃないですか。

 

しずかさんみたいな、可愛い奥さんがいるのに…」

 

「でもね、しのぶさん、最近たっちゃん、家であんまりご飯食べなくて…なのに太ってきて、だから心配

 

だったんです」

 

(うわぁ〜チャンミンさんの言ってたとおりだわ。ごめんなさい。しずかさんそれは私のせいだわ)

「それにしても、しのぶさん、あのお二人にあんなに心配してもらって、いいですね―

 

ここの看護師たち、大騒ぎだったんですよ! 東方神起が来た!って」

 

「だから、こんなに立派なお部屋なんですね」

 

「人がたくさんいる時は、端の方から心配そうにしのぶさんを見てて、私見ちゃったんですけど、チャンミン

 

さん、一人になった時に、しのぶさんの手握って、ほんとに心配そうに、じっと見てましたよ。

 

そんなに心配してもらえる、家政婦さんなんていませんよね〜」

 

…チャンミンさん…心配してくれてたんですね・・・、許してくださったのかしら?

 

「しずかさん!私退院しなきゃ…早く帰ってお二人に美味しいご飯作らなきゃ」

 

「じゃぁ、私ちょっと先生に相談してきますね!」

 

 

 

「もしもし、たっちゃん?今しのぶさんと一緒にお二人の家へ戻ったから。

 

これはお二人には内緒なんだけど、また検査しなきゃいけないのがあるらしいの。でもとりあえずは

 

帰っていいって。うん、うん、しのぶさん出て行かないって、張り切ってご飯作ってるよ。

 

私もしのぶさんにお料理教えて貰ってるから。たっちゃん、期待しててね」

 

ううう・・・・

 

「どうしたの? 内田さん?」

 

「しずかがしのぶさんに料理教えて貰ってるって。

 

…僕の願いが叶いました」

 

「しのぶさんもう退院したの?しかも料理してるって…大丈夫なのかな?」チャンミンは不安げに聞いた。

 

「ええ、大丈夫みたいですよ」

 

「でも、先生難しい顔して、色々検査してたけど…」

 

「イヤ―良かったじゃないですか!!これでまた美味しいご飯が食べられますよ」

 

 それまで、ずっと考え込んでいたユンホが突然

 

「チャンミン、考えたんだけど…オモニだと思いなよ。

 

どう説明すればいいかわかんないけど、日本のオモニだと思って、思いっきり甘えちゃえばいいんじゃない?

 

まさか好きですって、告白するわけにもいかないし…、しのぶさんそんな事したら、又出て行っちゃうだろう

 

し。 オモニの様に甘えれば、きっとしのぶさんも安心して甘えさせてくれるよ」と言った。

 

…複雑だな…それ…

 

 でも、辞めさせられたり、出て行かれたりするよりはいいかもしれない。

 

「そうだね。ヒョンそれがいいかもね」

 

「僕も協力するからさ!」ユンホは自分の提案をチャンミンが認めてくれたので、嬉しそうだった。

 

「あ!それとさ―、しのぶさん写真集持ってただろ?

 

あれ、病室で見たんだけど、紐二つあったのチャンミン知ってる??

 

確かに1つは僕の写真だったけど、もう1つはチャンミンので…

 

しかもチャンミンのはセクシーショットだったよ。

 

なんか意味深だよなぁ〜〜〜」

 

ヒョンの協力…ちょっと不安だ…

 

 

 

「ただいま〜〜〜しのぶさん」

 

「おかえりなさいませ。ユンホさん、チャンミンさん。

 

色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 

「大丈夫ですよ!しのぶさん、迷惑なんか、かかってませんよ。

 

でも!僕が待っててくださいよ!って、言ってたのに、待っててくれないし、僕が電話しても出なかったのに

 

チャンミンがかけたらすぐに出たんですって??それ、なんか妬いちゃうなぁ。アッハッハッハ」

 

 ユンホが楽しそうに話しているのを聞きながら、しのぶはそっとチャンミンを見た。

 

 チャンミンは少し目を泳がせて

 

「ただいま、しのぶさん。もう心配かけないで下さいよ! 勝手に出て行くなんて、絶対に許しませんからね」

 

「はい、チャンミンさん。すみませんでした」

 

良かった…こっちを見て、話してくれたわ。

 

「しのぶさん、それで病院の先生はなんだって?

 

この前倒れたのだって、なんか関係あるんじゃないの?

 

ちゃんと調べて貰ったんですか?」   チャンミンは心配顔で聞いた。

 

「貧血です。大丈夫ですから、心配してくださって、ありがとうございます。

 

さぁ―今日はしずかさんも手伝ってくださって、たくさん作りましたよ!

 

みなさんで召し上がってくださいね!!」

 

「美味しそう〜〜。しのぶさんはここに座りなよ!! そうそう、ここ。ここ。

 

そして、チャンミンはここね。 はいどうぞ」ユンホは椅子を引いた。

 

(ヒョン〜〜そんなあからさまに隣って)

 

「いや、僕はこっちでいいですよ」チャンミンは、しのぶの斜め前の席に座った

 

「え?いいの?チャンミン そっちでいいの??」

 

 あ――ヒョンに相談したのは失敗だったかもしれない…

 

 しずかは二人の様子をみて、何かを察したようで、可笑しそうに笑っていた。

 

 内田はもちろん、美味しい美味しいと食べまくっていた。

 

 そして、しのぶは、またこんな幸せな気持ちになれるなんて…と嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

 片付けも終わり、内田夫婦が帰り、部屋には二人の曲“シアワセ色の花”が流れていた。

 

「ほんとに素敵です。どうしてもっと早くに聴かなかったのかしら」

 

「これから、いっぱい聴いてくれればいいじゃないですか」

 

テーブルに座り、3人で話していた。

 

「もうすぐツアーが始まるんですよ。

 

だから今新しい振り付けや覚える事がいっぱいあって、大変なんですよぅ」

 

ユンホが言った。

 

「私、コンサートって今まで1回も行ったことないんです」

 

「ほんとですか??楽しいですよ〜。東京でもあるから、しのぶさん絶対に来てくださいね!

 

特等席に招待しますよ!」

 

ユンホが言った。

 

「ありがとうございます!!でも私なんかが行ったら、若い方に笑われませんか??」

 

「全然大丈夫ですよぅー。おばさん…あ、しのぶさんはおばさんじゃありませんよ。

 

え―っと、奥様方もすごく多いんですから。親子とか、最近では男の人も随分増えたんですよ」

ユンホが言った。

 

「ヒョン!!!    先にシャワーでも浴びれば???」

 

「え? なんで? 後でいいよ…

 

………………あ、あ、そうだね。チャンミン、そうだったね、シャワーでも浴びるとするか」

 

 やっと、鈍感なユンホが立ち上がり、シャワー室に消えた。

 

(どこが協力するだよ。ヒョン、邪魔してるじゃないか!)

 

「しのぶさん…あの、この前はひどく怒ってしまって、すみませんでした。

 

僕…短気で……ごめんなさい」

 

「やめてください。チャンミンさん。あれは私が悪かったんですから」

 

「いえ、ほんとはしのぶさんが日本のオモニだったらいいと思ってたから、嬉しかったんです。

 

え―と、あの日は監督に…そうそう監督にひどく怒鳴られて…・

 

イライラしてて…ほんとにすみません。

 

だから、また…あの…オモニみたいに僕が落ち込んだ時は、励ましてくれませんか?」

 

「もちろんです!!チャンミンさん。ほんとですか?ほんとにそうしてもいいんですか?

 

嬉しいです。こんなに幸せな事ありません」

 

 チャンミンはテーブルの下でガッツポーズした

 

 ユンホもシャワー室からそっと様子を窺っていたようで、急に陽気な鼻歌がはじまった。

 

♪イチゴ〜イチゴ〜イチゴ食べたーい♪

 

「キャハハハ…ユンホさんって子供みたいですね」

 

「しのぶさん、今頃わかったんですか?」

 

「はい、最初はユンホさんすごくしっかりしてらして、紳士のようで、チャンミンさんがわがままな弟なんだと」

 

「全く逆ですね!」

 

「ヒョンはわがままではありませんし、頼りになる所もありますが、ほとんど僕の方がしっかりしていると

 

思いますね」

 

「そうだったんですね〜。最初の印象と随分変わりました。ウフフフ…。

 

まだ、歌ってますよ。ユンホさんイチゴ好きなんですか?」

 

「そうですよ。なんかイチゴで顔書いた弁当が食べたいとか、訳のわかんない事言ってましたよ。

 

イチゴでどうやって顔書くんでしょうね〜、しかも弁当ですよ」

 

チャンミンは呆れたように言いながらも、楽しそうにユンホの方を見ていた。

 

「明日、イチゴ買ってきますね」

 

「そんな事より、しのぶさん」

 

チャンミンは急にしのぶの手を握った。

 

え?   あ、これを引いちゃいけないのよね…

 

「身体、ほんとに大丈夫なんですか?

 

僕らこれから本格的に忙しくなるし、韓国とも行ったり来たりで、凄く心配です。

 

ちゃんと診てもらったんですか?」

 

「大丈夫ですよ。チャンミンさん。

 

チャンミンさんまで、私の心配性がうつっちゃったんじゃないですか?

 

それに、しずかさん看護師さんだったんですって。

 

何かあったら、しずかさんに相談します。

 

凄く可愛くて、はきはきしてるし、明るくて、私しずかさんの事がいっぺんに好きになりました」

 

「そうですね。 内田さんには、はっきり言ってもったいないですね!!!」

 

 

 

♪イチゴ〜イチゴ〜イチゴ食べたい〜〜♪

 

「ユンホさんごめんなさい。そんなに何回歌っても今日はイチゴ買ってなかったんですけど」

 

「あ〜〜チャンミン〜お手手つないでもらって何 話してたの??

 

あ!違った。   しのぶさん韓国ではオモニとは凄く仲良くするんですよ。

 

恋人みたいにイチャイチベタベタする親子もいるらしいですよ!!」

 

(……聞いた事ないよ……そんなの……しらじらしい……・)

 

 チャンミンはユンホのあまりの白々しい嘘に呆れて、うつむいた。

 

「そうなんですか〜???へぇ―日本ではありえませんけどね。文化の違いですね―」

 

(信じたよ!ヒョン!ナイス!)意外と単純に信じるもんなんだな……と、チャンミンは可笑しかった。

 

 

 

ジリリリリリ

 

 

 

チャンミンさーん、朝ですよ。

 

 

 

「う〜〜ん、 あー久しぶりに熟睡したよ…

 

しのぶさーん、 起こして」

 

 

 

まぁまたあの可愛いチャンミンさんだわ。

 

これ…あの私凄く嬉しいけど…

 

全国のファンの皆様に申し訳ないわ…

 

皆さん写真集で我慢なさっているのに…

 

ほんとにすみません。

 

 

 

はい、チャンミンさん。起こしますよ。

 

よいしょ…………

 

ギュウ―――

 

チャンミンはしのぶを抱きしめた。

 

役得  とはこういう事を言うのね。 しのぶは思った。

 

 

 

 

 

「先生今何て??」

 

 

 

「どうして、もっと早く検査しなかったんですか!?

 

症状は早くから出ていたでしょう。

 

悪性リンパ腫・・・全身に転移しています。

 

手の施しようがありません」

 

 

 

 しのぶにはもう何も聞こえなかった。

 

 しずかが横で泣きながら、主治医に何か一生懸命聞いてくれていた。