「お前なぁ…。」
宴会場から慌てて別室へ引っ張り込み、勢いよく襖を閉めた。刹那に背を向けてぜぇぜぇ荒く呼吸する。…ミニスカのサンタ衣装に身を包む刹那を、直視する勇気はなかった。
「そういう格好をほいほいと、するんじゃねぇよ…。」
「頼まれてしまって、つい…。」
「あのなぁ…ほっとけあいつら馬鹿なんだから。付き合わんでいい。」
ちらっと刹那を振り返れば、ぎりぎりまで露出された太腿が目に入り雫がばっと顔ごと逸らした。そんな雫をくすくす笑う刹那に、悪意はないのだが雫は顔から火が出そうだ。
「…っ笑ってる暇あったら着替えろ!!」
なるべく後ろを見ないように着物を投げつけた。刹那がいつも着ているものだ。投げつけられた布に刹那があわあわと溺れる。着替えちゃっていいのかしら…とおずおず雫を見ればその背からははよ着替えろオーラがひしひし出ており、刹那はくすっと笑みを零した。しずしずと着替え始める。
そこで初めて雫は着替える部屋に居座ってしまってた事にはっと気付き。
「ッッッ、わり、その、なんだ、いっぺんあいつらシめてくる!!」
顔を真っ赤にしながら、下手な言い訳と共に退室しようとした。

「……やっぱり、はしたなかったかしら。」
襖に手をかけたその時。小さな小さな呟きが、雫の耳に届いた。
「……え?」
「あっ…う、ううん。なんでもないの。気にしないで。」
聞かれてしまったとわかったのだろう。慌てて笑顔でごまかし、刹那は背を向けた。しかし呟きが気になってしまって雫は出るに出れない。そんな空気を読みとったのか、ぽつぽつと、言い訳のように刹那は呟きを洩らした。
「その…ごめんなさい。変よね、やっぱり。似合いもしないのに、こんな肌ばかり晒すはしたない格好しちゃって…みっともなくて、ごめんなさい。」
苦笑を頻繁に交えてるのは、誤魔化しているつもりなのか。
背を向けて俯いて、長い髪が目元を表情を覆い隠す。それでもそこから何も読み取れない程…雫は刹那に対して、鈍くはなかった。


「………そうじゃ…ねぇよ。」


ぐいっ、と刹那の肩が引かれる。がたんっと少々派手な音がした。
驚いて丸くなった刹那の目が映すのは、天井と、覆いかぶさる、雫。
既にサンタの衣装は脱ぎ終えており、半端に羽織っていた着物が畳の上に広がる。
そんな刹那を真剣に見つめていた雫だったが、やがてはっと我に返った。
「ッ、わり…っ!」
慌てて上体を起こす。おろおろと視線が彷徨った。肌蹴気味の胸元に晒された太腿、半開きの唇。見るつもりなどさらさらないのに、そんなところばかり目に飛び込んでしまって。
昂りそうになる感情を必死に抑えこんだ。駄目だ。駄目だそれは。駄目だ。それは心の奥の奥に封じて、二度と出さないと決めたんだ。
それを表に出せばまた、刹那を傷つけてしまうだろう。
冗談じゃ、ねぇよ。ぐっと雫は拳を握る。せっかく気付けたのに。一生大切にしたい人だって、気付く事ができたのに。
「……雫、さん。」
おずおずと、名前を呼ばれて雫がびくっと震えた。
「っな、なんだ、よ…。」
「雫さん……えっと、その、変じゃ、なかったかしら…。」
「あ?何がだよ。」
「だからその…その。……さっき、そうじゃない、って…。」
おぼつかないその言葉を、繋ぎ合わせると雫にも意味が見えてきて。ぼっとまた顔が赤く燃え上がった。
「ばっっっ、か、おま…!」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい、そっそうよね、ごめんなさい変な事言って…!」
「………。」
…雫の中で天秤が揺れた。こういう事を口にするのは得意じゃない、けど、刹那の『ごめんなさい』はもっと得意じゃないのだ。
「………なんだ、その。」
顔ごと背けながら、ぼそぼそと呟く。
「……………悪かねぇ、よ。」
それが精一杯だった。精一杯だったが、これで伝わるのか…?内心びくびくしながら刹那をちらと見下ろす。
見下ろした刹那は手で口を覆っていたが、耳の先まで真っ赤なのは容易に見て取れて。…ああ、伝わったっぽい、な…?実感すると尚の事、雫の首筋も熱くなった。
「……ありが、とう。雫さん…。」
「っせぇな、礼なんざ要るか…でもあいつらの前では着んじゃねぇぞ!!あいつらどうせテメェの肌見てろくでもねぇ事考えてんだからな!」
「そ、そうなの…?た、多分違うと思うけど、わかったわ…。」

きゅ、と弱々しく指先を握られた。
驚いて雫が自分の手を見やれば、細い華奢な指がそっと絡みついている。

「……あの、ね。雫さん。」
どく、どく、どく。言葉を遮るぐらい鳴る心臓は、雫の音か、刹那の音か。
恥ずかしさで火照った頬から、じっと自分を見上げる潤んだ瞳から、おずおずと言葉を選ぶ桃色の唇から、気付けば目を離せなくなっていた。


「―――…雫さん、は…?」


どくり、と。胸の奥底を抉るように、大きく心臓が脈打った。





足りない言葉


(あと、もう少し。)

fin.