よく晴れた天気の良い日に、足りない消耗品を買いに街へと。
ばらつく人波の一部になって、適当に選んだ服を纏い、靴でアスファルトを鳴らし、行きたい店へとのんびり歩く。
道すがらのショーウィンドウをぼんやり眺めながら。
すれ違った飼い犬をぼんやり眺めながら。
途中の店で少しばかり散財しながら、目当ての店へと辿りつく。


そんな日常が突然終わるなんて、誰が想像できただろう。


眺めていたそれらに自分が"なる"なんて、誰が想像できただろう。







中へ挿し入れたそれが、ゆっくりと引き抜かれる。
身体を痛めぬようとの配慮だったが、逆に感触がリアルさを増してレオンハルトは内心悲鳴を上げた。
未経験のレオンハルトにとって、それは排泄としか思えない感覚。

それをこんな、衆目の中で。
思わず外に目をやり思い知った。注がれていた。いくつもの視線が、視線が、視線が。

誰が想像できただろう。
豪奢に飾りつけられたケージに入れられ。
秘匿すべき"性交"という行為を、好奇の目に晒されながら強いられるなんて。


それが自分の、日常となるなんて。


視線に晒された身体が凍りつく。今すぐ身を隠したいのに、一枚の布すら与えられない。
今この瞬間も視線が肌を這っている。見られている。見られている。自覚した途端ぞっと背筋が冷えるのに、どうしてか体温は上がっていった。
貫かれ与えられる熱が、それに拍車をかけていく。
内から身体を裂かれる痛みは正直耐えがたい。けれど、痛みに呻くその瞬間だけは、視線の事を忘れられた。
痛みにのけぞって天を仰ぎ、
自分に被さる、その男と目が合う瞬間だけは。

「…ごめんね。段々慣れるから…今はちょっと、我慢してね。」
乱れた青い髪を、かきあげ耳にかけると黒い瞳が現れた。
その目に恍惚とレオンハルトを映しながら、同じく乱れた淡い橙の髪を整える。涙を湛える赤い瞳に、そっと口づけを落として。
美しい、髪の色だった。美しい、瞳の色だった。
飾りつけられたケージも、観客の着飾りも、色褪せる程に。倫理が正気が良識が、色褪せる程に。
「大丈夫。…大丈夫だよ、レオ。」
ぐちゃぐちゃの頭に注ぎこまれる、優しい優しい、甘い声。
「あいつらは、見てるだけだから…レオは、僕だけ見ていれば、いいんだよ。」

良い子だね、レオ。
優しいその声だけが、忘れさせてくれた。
見たくない知りたくない気付きたくないことを、忘れさせてくれた。



自分は、"人間"ではなくなったということを。






水底の



fin.