抱きしめられる体温と、聴こえてくる鼓動だけ。



煌びやかなベッドに華やかな調度品、幾重にも鍵をかけられた部屋。
そのどれもが沈黙を貫く、死体のような静寂の中。
此処にあるのはそれだけだった。
抱きしめられる体温と、聴こえてくる鼓動だけ。

「…お疲れ様。今日も頑張ったね。」
やがて染み込んでくるのは、甘い音色の囁き。
しんと静まり返った夜の中で、その声は何にも邪魔される事なく、一音一音が染み込んだ。
…思わず、視線だけで見上げた。抱きしめるその人、ヴォルフを。
ぱちりと目が合ったかと思えば、柔らかな感触が瞼をくすぐった。次いで目尻を、頬を、鼻先を、そして、唇を。
唇に口づけられた瞬間、反射的に身構えてしまった。舌が入るかと思ったからだ。つい先刻まで、"披露"、していた時のように。
けれどそんな事はなかった。触れるだけの、けれど、唇の感触を楽しむようにゆっくりと触れて…そして、そっと離れていった。熱を帯びた吐息が、かすかに唇にかかる。
「怖がらなくていいんだよ、レオ。今日はもう終わったんだから。レオがしてほしくない事なんてしないよ?」
自分より華奢な腕が、ゆるりと背に回される。
それから、ぎゅうっと抱きついてきた。子どもがぬいぐるみにするような抱きしめ方だった。愛おしくてしょうがないと、言わんばかりに。
「……。」
虚ろだったレオンハルトの瞳が、戸惑いに揺らいだ。
…もう何も知りたくないと思ったはずなのに、愚かな問いが口をつく。
「………なぁ…ヴォルフ。」
「なぁに?」
「お前は……その。どうして……俺なんかにそんなに、優しいんだ…?」
こんな地獄へと放り捨てられた自分を。
見せ物にしか使えないと宣告された自分を。どうして。
するとヴォルフはきょとんとまばたきし、何故か可笑しそうに笑った。
「え?そんなの決まってるじゃない。レオの事が好きだからだよ。」
屈託なくそう言ってのけた。一瞬熱を持った心を、理性が冷ます。賛美なら吐くほどに浴びたじゃないか。髪色が瞳の色が、美しいと。
「……そうか。」
「うん、そうだよ。レオが好き。大好き。」
華奢な腕を首に絡め、するりと頬を寄せてくる。
無邪気にすりついてきたかと思えば、はぁっと熱っぽい吐息を耳元に零した。
「…レオ。レオはね、僕の全部。ぜーんぶなの。」
熱っぽい言葉を、耳へ零した。甘い甘い、ジャムのようにとろとろの言葉を。
「レオが好き。レオだけが大好き。好き、好きだよレオ。レオだけが僕の、愛する全てなんだよ…?」


…それは。レオンハルトは目を瞠った。それは嘘なのか、それとも。
真偽も判定できないくせに、注ぎ込まれるその言葉を拒むことはできなかった。
死体のような静寂。甘ったるい囁き声。何一つとして現実感がない。ただ確かに感じられるものは。




にかけられて


抱きしめられる体温と、聴こえてくる鼓動だけ。

fin.