====  マクロニア国。広大な面積を誇るこの土地では、食糧生産も豊富であった。 畑や農作園は充実し、温暖な気候が育て上げる果実はたっぷりと甘い蜜を蓄えて、ぷりぷりとした実をその身に詰め込んで宝石のように輝いている。 巨大な生物が闊歩するこの場所では、住民たちもひとまわり大きい。 本来ならば長方形になるはずのシルエットは、どこかリンゴのように丸みを帯びており、大半の者が腹が出過ぎている事がわかる。 人が多く狭いはずの商店街などは、他の町よりも道幅が非常に広い。恰幅のよすぎる住人達が道を往来する為には、そうでなくてはならないのだ。 しかし広い通りにもかかわらず、1匹の竜が通行人にぶつかった。 「おっと、すまねぇな。」 どんっと、腹をぶつけた竜の名前はヘヴィアドという。 見た目を一言で形容するならば「でかい」という言葉に尽きる、そんな竜だった。 「いやいやこちらこそ。」 押されて姿勢を崩したのは、そこそこに太ったイルカの獣人であった。 不満そうな顔は見せず、むしろ笑って対応をしている。 「悪いなぁ、一昔前だったらぶつからない位置だったんだが、思ってた以上にこの腹は出てたらしい。」 笑いながら、ビア樽のように膨れた丸い胴体を撫でる。その腕や手の甲を見る限りはなかなかに筋肉質で、ただの肥満竜で無い事は一目瞭然であった。 「ヘヴィアド様、以前にも増して逞しい体になりましたね。 本日はお買い物で?」 「まぁな。つい、買い置きしていた分を全部食っちまってよ。 ま、食欲があるのはいいことだ。」 そう言って、自慢の太鼓腹をボンと叩いた。たくさん食べれば、それだけ体は大きくなる。 ヘヴィアドは昼食ついでに、食料庫の補充に来ている。 「あはは、順調みたいですね。」 太り気味なイルカは、見上げないと会話出来ないほど立派な竜に憧れながら、これよかったらどうぞ、と自分が食べようと思っていたLサイズのフライドポテトをプレゼントした。 「おう、悪いな。ぶつかっておいて、食いもんまで。」 すまなそうに、ポリポリと頭を掻く。しかし、素直に受け取る。 このような“食糧支援”は日常茶飯事だ。 「大丈夫、ポテトは4つ買っておきましたからね。バーガーは、ほら。」 ガサリと持ち上げた袋には、10個異常な巨大なハンバーガーやポテトが入っているようだった。 なるほど、彼にとっては1つ程度の謙譲はびくともしないようだ。 それに、この国にとっての巨体保持者というのはヒーロー的存在なのだ。そんな相手への、いわばファンサービスは実際のところ凄まじい量である。 「これからも頑張ってください、応援してますよ!!」 軽く挨拶を返して、へヴィアドはまず昼食を食べに食堂に向かった。 ◇ レストラン 《イート・エイト》 ここでの食事は、けっこう頻繁にしている。俺みたいなのも、常連客っつーのかね。 日替わりのメニューがうまいんだ、これが。  とはいえ、へヴィアドは一日に数件の店をハシゴする・・・だから、常連の店はぶっちゃけかなりあるのだが。 太って前掛けが飾りぐらいになった、トカゲ男が元気欲声をかける。 「いらっしゃい、ヘヴィアドの旦那!おーい、お前ら準備いいかー!」 店長は、彼の姿を見るとすぐさま店員たちに声をかけた。 ヘヴィアドの食事量は、通常の客とは全く違うから、その準備が必要なのだ。 超肥満者用の大型椅子にどっかりと座る。やわらかいクッションと背もたれが、心地よい。 ギシギシ、と8本の椅子の足が悲鳴を上げたがいつものことだ。しかし数日前よりも更に悲惨な音に聞こえるなぁ、と他の客は思いながらラーメンをすする。 ヘヴィアドの場合、注文してから料理を待つ時間など無い。 待っている時間がもったいないし、食欲のそそられる良い匂いを嗅いだまま待つ事など不可能だった。 だから、前菜代わりに大量のおつまみがまず運ばれてくる。 「どうぞ、イカリングに鶏肉の竜田揚げ、野菜サラダ特盛り、ほうじ茶とサイダーです。」 「ふっ、相変わらずうまそうだ。」 早速手をつけ始める。カリカリサクサクで歯ごたえがある。油を遠慮せずたっぷり使っているので食感や、口の中に入れた後じわっとくる旨みが舌を満足させてくれる。 続いて運ばれてきたのは5枚のピザ。 薄っぺらくない、家族で食べるようなボリュームの1枚がテーブルに所狭しと並べられる。 むしゃり、むしゃりと味わいながらも豪快に飲み込んでいく。 一切れを一回で全部口に入れる。濃厚なピザソースやとろりと溶けるチーズが。 カリッとしたウィンナーが、喉をとおり胃袋に落ちていく。 次々と追加されていく料理。 とはいえ休憩時間なんて、必要ないしな。 俺はハムスターかリスのように頬を膨らませ、食事を堪能していった。 この昼食だけで、カロリーはかなりのもんじゃないだろうか。 ハンバーグ、ステーキ、フライドチキン、ローストビーフ、ベーコンの野菜巻き、こってりとした品なのに、止まることなくひたすらに食べていく。 「ガツガツ、バクッ、クチャクチャ、げふぅ、お代わり頼むぜ。」 ごっつりと盛られたナポリタンをフォークで一刺し。分厚い肉ごとほお張る。 「んがーぁん(ゴクン)」 次第に、ヘヴィアドの太鼓腹に変化が現れはじめる。   ムクムクと、その大きさを変えていく。実際目に見えて変化するわけではないが、入店前と入店後を比べると一目瞭然である。 「うぐぉおっぷ!」 っと、悪い悪い。ゆったり食ってると、ぜんぜん量が足りないんだよ俺の場合。まぁ、多少のおくびは我慢してくれ。 さて、今日の日替わりメニューも堪能したしそろそろ行くとするかね。 気休め程度に脂のつきにくくなる健康茶をぐいっと2リットル飲み干すと、ヘヴィアドは席を立った。 なぜ、そんなものを飲むのかというと、彼には拘りがあるからだ。 “アイツ”みたいに、ただ肉だけつけて肥え太っていく真似はしねぇ。俺は、正攻法で誰よりもデケェ存在になってやる・・・!! とはいえ、ヘヴィアドも十分すぎるほど脂肪を蓄えている。 日頃の激しいトレーニングによって引き締まった肉体ではあるが、触ると柔らかいし、マッチョなボディビルダーとは違ってどちらかというと太ったレスラーや相撲の力士に近い。 「ありがとうございました〜〜、またご贔屓に!」 「もっと立派な姿になってください!」 太っちょなトカゲ店長が笑顔で見送った。店員も後に続いて、それぞれ挨拶をしていく。 ちょっと照れくさいが素直に嬉しいんだよな。 頭がいいわけでもない、手先が器用なわけでもない。 俺の唯一の取り柄は体が大きいこと。膂力(りょりょく)が強いことぐらいだ。 腹もそこそこに膨れた彼は、大型のダンボール数十箱分の食料を各地で注文すると、家路についた。 いくら力持ちの彼とは言え、明らかに持ち運んで帰れる量ではないので、後で配達で届けられる。 多めにマスタードをつけて貰った熱々のホットドックを食べつつ、広い部屋に入る。 そこには筋トレ用の器具が山ほど置かれていた。 「さぁて、食後の運動といくか。」 ぷらぷらと手首を曲げ、準備体操を軽くこなすと数十キロのダンベルを軽々と持ち上げて肩慣らしをし始める。 次にバーベルの持ち上げ。普通の種族なら運ぶことすら不可能な超重量のソレを、力をこめて持ち上げた。 「ふぅーー・・・いい感じに体が温まってきたな。」 タオルで汗を拭く。ちなみに運動機器を揃えているのは効率の問題だけではない。 「(体の構造上、腹筋や腕立て伏せは出来ねぇし。)」 うつ伏せになれば腹が床についたまま、腕を伸ばしきっても離れない。 腹筋はいわずもがな。曲がる場面が想像つかない。てか曲がらない。 数セットを繰り返し、途中休憩する合間にクッキー20枚とドーナツ15個をレモネードで流し込んで食べる。 運動が終わると、ぐぅぐぅと腹の虫がなり始める。 「さて、食料は運ばれてきたし食っておくか。」 まだ、夕飯には遠い時間だ。むしろ、人によっては昼食をとるかもしれない時間にヘヴィアドは再びご飯を食べ始める。 一日が終わり、特別な体重測定器に乗ってみる。(この国では、住人がとにかく巨大化する為、普通に乗るものは少ない) 「おし、順調だな。“あいつの体重”は今どれぐらいだろうか---負けられねぇ」 そして、夜食として5品ほど料理を食うと満足気にベッドで眠るのだった。 「柔の竜」へ続く